かぞくいろ
火の国くまもとインターハイから戻った。今年は全日程、最終日まで毎日試合ができ、表彰式にも出られた。新記録達成のいわば「満腹インハイ」であった。期間中、遠く離れた九州の地なのになぜか落ち着いて生活ができ、いい「旅」をした気分だ。
学校対抗戦は2ダブルス3シングルスで構成されているが、どの学校も盤石なメンバー構成で臨んでいるわけではない。どこかに不安要素を持ちながらの対戦ばかりである。それでもこの日のために1年前、2年前から夢に描いた布陣で挑むのだ。それはチームを運営するおとなの知恵だけでなく、選手である高校生それぞれの「思い」を形にしたいからだ。西武台の選手たちも相当混み合った取り組みを続けながら晴れの舞台で戦いを演じきり「青春の思い出」としての熊本の夏を背景に胸の中に深く刻まれたに違いない。とりわけ女子のキャプテンでもありエースでもある栗原選手は、自身のタイトルよりチームやパートナーへの献身的な役割を果たした。その活躍に心より敬意を表したい。
会場は八代市内と南に数十キロ離れた芦北に分かれていた。その間を毎日車で往復し、夏の青空と入道雲、澄み切った川、広がる海と山を眺め「豊かさ」を実感した。
その道路と並行して「肥薩おれんじ鉄道」が走っている。旧国鉄からJRへ、そして第3セクターの鉄道会社へと移管されながらも懸命に走り続けている。幸いその列車に乗ることができた。八代までの行きは2両だったが、終電近くの戻りはたった1両だけでしかもワンマン、乗客は我々を含めて数名しか乗っていなかった。ふと車内を見渡すと壁いっぱいに誰だかわからないが幾人かのサインが書かれ、その両脇には『かぞくいろ』と書かれた映画の紹介ポスターがいっぱい張りめくらされていた。ドキッとした。つい最近観た映画の第3作目だったのだ。それは【Railways】という鉄道ファンなら、そうでなくても我々年配の共感をさそう人情映画だ。第1作は、現在「サラメシ」のナレーターをしている中井貴一さんが山陰のローカル線を舞台に演じていた。第2作は山口百恵の旦那さんである三浦友和さんが渋い演技を披露してくれた。そして第3作。たしか朝ドラの女の子が出てくるんだよな、とまでは知っていた。それがこの鉄道を舞台にしていたとは知らなかった。すぐに観よう。
街は「肥薩街道」という旧街道の宿場町であり、中心の山には佐敷城址がある。軽く散歩がてらに登れるその城跡からの眺めが良かった。さらに良かったのはそこに住む人々の素朴で真面目な姿だ。宿泊先の老舗旅館も実によかった。食事が美味しいし、なによりもてなしの心遣いが素敵だった。
まだ薄暗い早朝、1時間に1本の電車に間に合うように自転車を走らせる高校生にすれ違う。3人出会ったが3人とも「おはようございます」と挨拶するではないか!気づくと街の方々どの人も挨拶をする。学校で管理された挨拶環境ではなく、それがこの地の文化なのだと気づいた。これには感激した。そしてパンパンの部活バッグを抱えてホームに向かう高校生の、日に焼けた横顔と真っ白なシャツのコントラストが目に焼き付いた。
せっかくの大切な大会だからひとつひとつよく噛みしめながら味わった。そして新チームの誕生への大切な栄養になれと密かに願った。
佐敷城址からの眺め。会場のスカイドームが見える。