親も知らない

 みぞれまじりの強い雨がやむと、あたたかな日差しが顔を出した。歩く廊下の窓から見える青空がウソのようにきれいだった。

 年明け早々歯を抜いた。「ああ、これは抜いた方がいいかな」という宣告が昨秋。それから小刻みに計画が進み、このほどズバッと抜いた。と今は簡単に言うが最初は不安で仕方なかった。見せられた口のまわりのレントゲン写真は「ニーッ!」といわんばかりのまぬけなガイコツ写真で、なるほど奥にひっそりナナメっている「親知らず」があるにはあった。こんなにしっかり生きているヤツを抜くなんて・・・、とその日が近づけば近づくほど申し訳なくなった。前日の晩、眠りにつく前、左の奥、盛り上がっている肉を舌でなめれば、まだいるであろう「知らずくん」が奥から返事をしてくるようだった。

 当日、午後の手術を考えると、授業中もなかなか集中できない。人知れずビビっていた。こんな時はポジティブに、ポジティブに!そうだ「親知らずを抜く」なんてのはたいした事件じゃないんだ。

 歯医者専用ドッキリチェアに奥まで腰を入れて座った。そうだ、たいしたことではない。と思いながら、よく選手たちに言っている【口からプーッと息を吐く】リラックス効果抜群と言われている仕草をまぬけな顔でやっている。すると大柄で強そうな男の先生が「さぁ、始めますよ!」と声をかけながらやってきた。閉まらないまぬけ口で「あ”ぐぅっす」と声にはならないまでも精一杯「オレはやるよ」サインを交わした。

 「うっ・・・つ!」と先生は息を吐きながら一発で抜こうとするが抜けない。内心「大丈夫か?ダメだ、リラックス、リラックス」と思っていると、「はい、もうほとんど抜けてますよ!」と元気よく実況中継しながら、はぁはぁ息を粗めてヌキヌキしてくれた。たった1分余りの出来事だったが、私にとってはドラマだった。詳しい心の移ろいは紙面(ではないが)の関係上書き切れないが、意外とあっさり「親知らず」は落城した。

 「見ますかぁ?これが抜けた歯ですぅ。」と若い女性が血まみれの「知らずくん」を私に見せてくれた。とても直視できない。だから「すまん、勘弁してくれ!」と短く彼の(何で男なんだ?)労をねぎらった。

 翌日は運良く、あるいは運悪く「大もちつき大会」だった。左の奥にぽっかり空いたゾーンは、あるったけの「サムシング」で固められ、それに守られながら調子に乗って一日を楽しんだ。

 今は経過観察中、というかそのまま暮らしている。「知らず」がいたときと変わらぬ暮らしをしている。人間なんてこんなもんだ。親も知らないたいそうなことだって、時と共に薄らぎ忘れ去られていく。

 この時期の朝練は寂しい。だって真っ暗だし寒い。挙げ句に、できない、ダメな自分のプレーをし~んと静まりかえったコートで淡々と繰り返す。「もうダメかなぁ・・・」と心が凍えていく瞬間を味わうのも今だ。そうこうしているうちに急に頭が痛くなって熱が急上昇し、A型やB型に選別されてベッドに閉ざされる。

 だけど大丈夫だ。私も「知らずくん」との永遠の別れを味わったように、それぞれの「親も知らない」困難や葛藤はこの冬空を越えて春を連れてきてくれるはずだ。知らずに。

 お母さん、お父さん、皆さんの息子さん、娘さんたちは、皆さんの「知らない」苦労を、そして「知らない」よろこびを味わいながら人生の春を迎えようとしています。もし「知らずくん」「知らずさん」が弱音を吐きそうになったら、寄り添ってあげてください。話を聞いてあげてください。支えてくれるのは家族です。もちろんお互い様ですが。

 高校生の春の選抜は鹿児島県で行われる。きっと厚く高い壁にぶち当たると思う。そんなときでさえ「親も知らない」労苦を労い、「自分も知らない」成長を互いに感じ合いたい、そう願っている。

 鹿児島なんで、これどうぞ。今から20年前の番組です。古くて寂しいですが。

 

 

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