己(おのれ)を知る

 東京は満開だそうだが、野田はちょい前。それでも土手には一足先に菜の花が満開、その足下にはタンポポも咲いて、少し上を最近めずらしいと言われているヒバリがさえずっていた。いい季節だ。が、気持ちは相変わらず憂鬱で曇りがちである。真偽がつかめない感染情報に振り回され、自分のクシャミひとつでさえ考え込んでしまう。

 東京五輪の出場権をかけたレースも至る所でブレーキがかかり、少ないチャンスにコンディションを合わせる選手のストレスは想像を絶する。しかしその中でも、聖地イギリスで行われたヨネックス全英オープンでの男女ダブルスの優勝には魂が震える思いだった。特に福島・廣田組の決勝戦などは、中高生が見てもとてもわかりやすい基本を貫いた素晴らしいラリー、気力あふれたゲーム展開だった。是非何度も読み取るように見てほしい。

 そんな世界乱高下、今まで経験のなかったような日々を送りながらも、(小さくつまらない話で恐縮だが)私はまた歯医者に行ってしまった。前回の「親知らず」事件の際に、古くなった治療箇所をリニューアルした方がいいんじゃないの?というお声がけを断り切れずに予約の日が来てしまったのだ。その歯科医院は最近とてもきれいになり、お客さん、じゃなくて患者さんも多く、この辺では結構ランキングが高い医院である。今日はおそらくレントゲンでも撮って、説明を受けて、「じゃ次の時に治療しましょう」などと言われるとすっかり思い込んでいた。通された歯医者専用ドキドキチェアは、実にきれいにリノベーションされた白を基調とした清潔感100%の部屋の真ん中にあった。窓からの眺めもよく、聞こえてくる音楽なども私好みで心地いい。当方は赤ん坊のよだれかけみたいなものを首からぶら下げて、マヌケな格好だがゆったりと待っていた。しばらくすると女性の医師が登場し、少し高めの声で「じゃ、始めましょう!」と軽快な口調でその日は始まった。気づくとすでに右のコンピューター画面には、以前から使い回しされている、当方の「ニーッ!」とした馬鹿面ガイコツレントゲン写真が大きく映し出されている。その説明はほとんどスルーな感じで終わり、すぐに「工事」が始まった。

 それまで平和なお花畑にゴジラが現れたのだ。完全に気をぬいていた当方の口の中に、最先端歯医者専用小型兵器が、例の音を立てて入り込んでいく。「キーンッ!」「ジーンッ!」「ガリガリ!」「ウィーン!」、人が嫌いそうな音をよくぞ知っているという「音攻撃」でどんどん攻めてくる。またその時間も長く、いつ「痛ッ!」という瞬間が来るのか、その時はこの口から何てSOSを言えばいいのか、などを心底ビビりながら耐えていた。気づくと左目から涙が出そうになっている、また左手は肘から曲がり小さくガッツポーズのようにギュッと握りしめている。確実に「ビビってる」自分がいた。何分間くらい続いたのだろうか・・・、「ハーイ、今日はここまででです。臨時のカバーをしま~す」くらいの軽い感じで手際よく「工事」が終わった。控えの助手ガールが、何だかの「ブツ」が固まるまで口の中で押さえ込みの態勢になっていた。当方の口は放心状態と共にいつまでも最大開口状態で「アホ」としかいえないような顔面になっていたのだろう。「ハイ、もう口は小さくしてもいいですよ」と少し小馬鹿にされたようなアドバイスで吾にかえった。その後きれいな治療室から気分がフラフラになりながら退散した。しかしよくよく思い出したら、全く痛くなかったのだ。だけどなぜか勝手に、自動的にひとりビビりまくっていたのだった。

 休校期間に「自分を知ろう!」キャンペーンを行った。「自分を知る」のは思いのほかやっかいで、難しい。例えば自分の顔を自分自身で「なま」で見ることは永遠にできない。だから間接的に鏡や写真を活用してなんとなく観るのだ。まして、自分の心の中まで見る、知るのは自分では難しい。だから人とふれあうことによって、その人の目で見た私を知る。あるいは、良きにせよ悪しきにせよ何だかの「事件」を経て自分を直視し「知る」瞬間もある。いずれにしても意外で衝撃的だ。しかしながら長い人生の中ではこの体験が大切な「ターニングポイント」となる。こんな学びを、あれこれ不安続きの日々の中で体験してもらいたかった。どうだっただろうか?

 できないことがあるにはあるが、できることもいろいろあるし、学び広がる自分を感じる事ができるチャンスもあるはずだ。年度替わりの貴重な時間を豊かに使おう!

ヨッ!ブラン、相変わらず暇そうだな!

 

 

 

 

 

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