東京

 梅雨はもうマッチポイントを握られている。あと一点、そんな予感をさせる今日は、昨日までのジメジメした攻撃を一挙に抑えつけ、日差しが強く暑くなってきた。久しぶりだが、諸手を挙げて外ではしゃげないのが残念でしかたない。

 本来はあと数日に開会式を迎える東京オリンピックに胸を躍らせ、予選からピッタリ張り付いて選手たちの一挙手一投足をマークしてたところだったろうが、お預け状態が続いている。さらに連日の記録的な感染者増で、まさに第1だか第2だか分からないが大きな波にのまれ溺れそうだ。Go To!ったってどこに行けばいいのか・・・困ったもんだ。

 旅行に行けないが、例えば本などを読んだり観たりして想像の旅はできる。

 同年代の作家が書いた、ノンフィクションっぽいエッセイ風の小説(なんのこっちゃ?!)をニヤニヤしながら読んだ。その「旅」は東京を起点としているものの、時代をカットバックしながら、場所と時間をぐるぐる旅させてくれる。「同世代」だから思い起こしたり、振り返る昔はこちらも同じ様に経験しているので、ニヤニヤしてしまうのだ。そんな番組やってたな、そのマンガ読んだわ、そうそうそんなこと、そんな時ががあったな・・・。

 その作家曰く、一番古い記憶がちょうど昭和の「東京オリンピック」の頃からだそうだ。私も東京の下町に生まれ住んでいたが、はっきりとした記憶はない。テレビは珍しいのは知っていたし、プロレスを観た覚えはある。ヘンな記憶はあるが世界的なイベントの記憶はほとんど無い。その頃の東京は高度成長で勢いがあった、と教科書や昭和を語る本などにはずいぶんと美化され書かれているが、ごく普通に住宅街に(すぐ隣に)工場(何を作っているのかも知らないが)があり、朝から晩まで「カッチャン、カッチャン・・・」と規則正しい騒音が耳に入り、遠くからは「杭打ち機」の爆発音が「カーン!カーン!」とこちらも独特のリズムで響いていた。みんなそんなことはお構いなしで必死に生きていたのかもしれない。今なら大問題だろう。工場はすぐに移転、反対運動で杭打ち工事は止められてしまうかもしれない。

 時代は昭和から平成に入り、東京タワーが東京スカイツリーに、ゆうえんちは千葉にあるのに「東京」ディズニーランドになり、オリンピックも令和にまたぞろやって来ることになった。時を経ても東京はまだ「あこがれ」の都だ。だがその一方で東京がコロナの「虎の穴(これも時代ものです)」のように全国から避けられているのも残念な事実だ。

 作家が同世代ということは今風に言えば『介護世代』である。作品中にも施設いる母親に「薬飲んだか?」と問いかける場面があった。このコロナ禍で自粛が続いている中、私は年老いた実父が定年に近づく頃に書いていた、自称「小説」なるものを活字化し始めた。とても人様にお見せできる様な作品ではないものの、登場してくる仮名の人々はだいたい家族の誰かで、おそらく事実をなぞっているストーリーに、時折「これはオレだ!」と個人が特定できる身内ならではの楽しみはある。ぼちぼち作業を進めると「あっ、これは今のオレと同じ年齢の頃に書いたんだなぁ」とか「同じ様な苦労していたんだなぁ」などと感心していたのだが、そんな時我が家の隠れた秘密、「ファミリーヒストリー」を見つけてしまったのだ!それとなくは聞いた事があった話だが、それについて心に深い傷を抱えていた父は事細かにそれらを記録していた。昔の人は記憶がいいしマメだな、と関心を寄せていると、さらにハッとした。このヒストリーをなぞるのはオレだ!そうだこのコロナ禍が収束したらその最果ての地に行き、まだ生きているかもしれないその人、いやその人を知っている方なら誰でもいいから会いたい。そう強く思い、決心を固めた。

 時代を超えて街や自然や人を見つめる旅は意外とおもしろい。

 Go to My FAMILY HISTORY! 半額戻ってくるかな?

 

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