梅雨のあとさき
ここ数日梅雨は中休み、昨夕はきれいな夕日が西の彼方を染めていた。
インハイ予選も中休み。昨日まで団体と個人戦ダブルスが行われ、二日間空いて土曜日にシングルスの取り組みが待っている。どれもこれも力がこもった試合ばかりなので、付き添う方も肩がこってしまう。個別の取り組みをいくつも話したいが、その一週間後にも国体選手の選考会もあり、月初めの関東大会から続いた「大会ロード」が一段落する頃にとっておくこととする。いずれにせよみんな頑張っていることだけは確かだ。
最近の若い世代はテレビを観ないと言われて久しい。翌日に昨晩の番組トークなど言っても通じない。じゃあ何を見てるの?と聞けばそうそうYoutubeばかりでもなさそうで、あれやこれやみな違うことに興味や関心があって時間の使い方それ自体が様々なようだ。一方で当方は足の先から頭のてっぺんまで「テレビ世代」である。自分でも普通じゃないと思うほどテレビを観る。
先日NHKのやや柔らかめのドキュメンタリーで『あの日からの贈り物~横浜×PL学園“延長17回”から20年』という長いタイトルの番組を観た。「20年」というのは10年前にも「延長17回~横浜vsPL学園・闘いの果てに~」という同番組があり、それも観ていたものだからますます興味がそそられた。10年前のそれは「戦い」に焦点が合わされていたのに対して今作はどちらかというとそれぞれの「ひと」を優しく丁寧に投影していた気がする。
そもそもこの試合のヒーローはなんと言っても横浜高校のエース松坂大輔投手だろうと思うが、番組は回を追うごとにまつわる選手(控え選手も含めて)のインタビューとそれらの人々の「今」を描いていた。死闘と呼ばれた大決戦を経験した人間はその後いかに生きるか、というアメリカ的なエビデンス論争にはならないのでホッとした。
勝った負けたよりどう関わって、自分にどんな思い出や経験となって今があるか、そんなコンセプトで延長戦最終回に及ぶとき、敗れたPL学園の投手が画面に出た。「あれ、フツーじゃない(顔つきが)な、このひと」と思ったら、日テレのアナウンサーだった。その後大学で野球にピリオドをつけてアナウンサーになった元投手は、学生時代終盤にライバル投手でもある松坂と酒を飲み交わしたそうだ。そのとき野球をやめるアナウンサーの卵に向かって「野球を粗末にするなよ」と言い放ったそうだ。まだ20代そこそこの若者にしては160Km級の剛速球的言霊だ。今シーズン、そのアナウンサーが球場のブースでモニター越しにまだきつい身体に鞭を打ちながら投げ続けている松坂をアナウンスする。これも人生だと思った。
この番組は「その試合からもらった『贈り物』はなんですか?」というのがメインクエスチョンである。ある選手(元選手)は「忍耐」だと言い、またある選手はくやしさだとも言っていた。しかし最も多かったそしておそらくこれが的だとも思うがそれを最後の最後松坂選手が言った。「『仲間』ですね」。敵とか味方とかそれを越えた「ノーサイド」の精神を垣間見た。
これで止めりゃいいものを、続くサッカーの番組まで観ちゃったものだから印象がさらに深まったのかもしれない。私の好きな岡ちゃんこと、岡田元日本監督が進行役で元選手たち(ほとんどオッサンばかりだが、次元の違うオッサンだった)とその昔の試合の話からこれら始まるワールドカップの話までニコニコしながら楽しい話を繰り返していた。うらやましかった。
野球やサッカーが「メジャースポーツ」だと言われるのがよくわかる番組だった。
インターハイを目指したり、そこでの活躍を夢見る「近視眼」の選手たちにとってはあまり興味はないかもしれないが、10年後、20年後、今のバドミントンからもらう「贈りもの」は何になるのだろうか?
梅雨はまだ続く。そのあとさきにはトパーズ色の風が待っている。
成長が早いカエルが田んぼでソロ鳴きしていた