緊張とスキ

 年度が始まると突然やることが増えて困っている。私ばかりではない、新入生を筆頭に進級したそれぞれの選手たちも同様に戸惑いや不安が重なり落ち着かない毎日だ。教科書が変わり、先生も変わり、教室も変わり、友達も入れ替わり、毎時間初めての緊張感に包まれている日をお互いに過ごしているわけだからそうなるのも当然だ。毎日、毎時間必死に目の前のことだけをこなす。そして前しか見ずに突き進むしかない。そんな日々がしばらく続く。いつか慣れて落ち着く日が来る、楽になれるとひそかに願っている。

 こんな緊張が続くのも一か月ほどだろうか、緊張の糸がほぐれるとともに、早い者は黄金週間の頃にはすでにダラッとしてきたり、憂鬱な気持ちになってくる。もしかしたら「五月病」かもしれない。あれだけ楽しみにしていた新しい環境にいるはずなのに、何か満足できない、やる気がわかない。多かれ少なかれ誰でも経験しただろうし、これからするかもしれない。

 ひとの気持ちは時や条件によって簡単に移り変わる。まるでヘリコプターのホバリングの様に前後左右揺れ動きながら小さい周期から大きな周期に滑るように変わっていく。一定に保つのは難しい。だからこそ偉人やトップアスリートがしばしば『不動心』なる名言を口にするのだろう。

 バドミントンのあるあるだが、いくつか並べてみたい。

①試合の前に相手をチラッと見る➡意外と小柄でひ弱そうだ➡これなら攻撃して優位に試合を運べる➡多分勝てる。この時点でいわゆる「おごりのジェットコースター、チェーン引き上げ状態」になる。そして意気揚々と握手なんかしちゃってゲームが始まる。3-0くらいまで筋書き通り。しかしその後何かのアクシデントで自分の攻撃をまぐれの様に返球してきた。不運にもそれが続いた。「あれっ?!」その時はもう遅い、ジェットコースターはビビりの第1マウンテンを急降下中である。気づくとタオルで顔を隠しながら階段を上っている。逆サイドの観客席ではまさかの勝利に相手チームが沸き上がっている。

②競りに競って何とか1ゲーム目をとりインターバルに入る。「2ゲーム目も気を抜かないようにしろよ!」と鬼コーチから檄を飛ばされる。「当たり前だよ、俺が気を抜くわけないだろう」と心の中で生意気な口をきいている。2ゲーム目も順調に点数を重ね19点まで進む。あと少しで終わる。その時「魔がさす」。不注意なミスで数点連取される。「まだ4点あるから大丈夫だ。だって先生が言ってた『4点差をつけろ!そうすれば勝てるぞ!』って」しかしなぜか相手のショットがネットインなどで入ってくる。何とか返そうとすると甘くなりそしてバシッと叩かれる。相手チームのワーキャー応援がそれをドラマ化するように自分を締め付ける。ファイナルゲームはボロボロ、観客席に戻ると「最初はよかったんだけどなぁ」と「お前がそれ言うのか?」というチームメイトに励まされる。

③なぜかシーソーゲームになる。同点まで追いついて「やっと俺らしい、ツーか本調子になった。これから連取できるはずだ。さあここで差をつけるぞ!」と思うが、次のラリーではやっぱり負けてしまい。またリードを許す。そしてまた巻き返し同点に追いつく、この繰り返しが続き終盤を迎える。私はこんな選手を「同点大魔王(同点までは強い)」と呼んでいる。そして終盤、余裕なんてもうない。「やべー!」と思いながらフットワークだの配球だの練習だのもうどうでもいい。なりふり構わずただ必死に返す。心も体もボロボロで、まぐれの様に勝った。それなのに戻った観客席で汗を拭きながら「あいつ、強くなったなぁ」と空々しいことを後輩に語っている。

 どれも「ひとの心」が描くバドミントン模様ばかりである。だからどうにか自分の心もコントロールしたいところだが、どうしよう。まずは呼吸法をマスターする。これが意外と難しくてできない。できないなら大きな声を出してみよう。次に目標を小刻みに設定する。これは意外と簡単にできる。そして最後に無欲、無心の境地に入る。こりゃ無理か?

「オゴリからビビりに変わるファイナルゲーム」とでも言いたいが、「勝つバドミントン」vs「負けないバドミントン」の構図にも似ている。つまり「勝とう」と思うその時から「おごり」が始まり、「ビビり」に変わる。多忙でなりふり構わず生きているときを終え、少し余裕ができてくるころ迷いも生じる。そんな「スキ」を突かれる感じだ。「スキ」といってもピンとこないのが当世の子供たち。だから伝えるのは難しい。だがこれもスポーツを味わう上でとても大切なエッセンスである。だからこそ何とか伝えたい。

 緊張状態をいつまでも続けられるわけではない。適度にリラックスし、ゆとりもほしい。ゆとりならいいが当方はどうもスキになってしまう。宅にいるブランという「迷犬」もスキだらけの犬だが、奴さんを見ていると自分を観ているようだった。

 これから大会が続く。リハーサル練習が始まったので選手の身体の動きはもちろん心の動きまで観察する日が続いている。

スキを見せたらあかんぞ!

えっなに? ブラン