8月 折々のことば

2015年のバドミントンマガジンのコラム『折々のことば』からの再掲です。

試合の気持ち -相手の存在-

 地区大会であれ、県大会であれ自分の名前がプログラムに載っている大会に初めて出場するときは普通の気持ちではいられない。

 夏の力試し、初めての公式戦のためにひととおり準備し、それなりにトレーニングを積んでコートにたった。しかし大半の者は「あれだけやったのに」「まだまだだなあ」と反省の種を植え付けられる結果となる。「大半」というのは、トーナメント戦では優勝者以外みんな「一度の負け」を味わうことになっているからだ。負けた身体にのしかかる残暑がさらに敗北感を濃い味に変えていく。酷だとは思うが私はしばしば「何で負けたの?」と選手に問う。するとたいていの選手は「自分から『勝手』にミスをしてしまった」と答える。対して「なぜ、『勝手』にミスをしたの?」と問い詰める。これにはいろいろ事情があるようだが、納得いくような答えを聞くことはない。対戦を観ながら私が推測するとミスの原因は「狙いすぎ」感が否めない。「できるだけライン際に」「できるだけ角度をつけて」そして「できるだけ速いショットを」という「狙い」。これは「欲」と言っても良い。気持ちは分かるが、この欲が強すぎると、相手コートの中心部は「危険ゾーン」、ラインの外はもちろん「アウトゾーン」、コートの四隅のライン、ネットの白帯、それだけが相手の「コート」に見立てられてしまうのだ。力んだショットの精度は当然さらに低下し、ミスショットを連発することになる。そして力みや緊張感は「恐怖」に変わっていく。緊張や恐怖は自分の問題だが、その原因は「相手の存在」にある。

 対人ゲームの基本は「三手先を読む」ことだと思う。つまり意図した自分の「一手目」が相手の「二手目」を限定させ初めて強力な「三手目」を放つことができるのだ。ここでは「私」とつながる「相手」との意識、無意識的なコミュニケーションが図られる。しかし、ビギナーは良きにせよ悪しきせよ、常に自分の「この一本」に全力を傾けてしまう。「早く退けたい」「この緊張した状況にすぐにでもピリオドを打ちたい」という気ばかりが焦り、ミスにつながってしまう。ボクシングで言えば、ゴングと共にお互いが勝手に「スリップダウン」を何度も繰り返し、全く撃ち合わずにゴングが鳴る様なものだ。しかしバドミントンの特徴でもあり、ボクシングとバドミントンの最大の違いでは「時間制限がない」ことである。試合は相手との打ち合いがあって成り立つ。長いやりとりになるので、独りよがりでは対戦にならない。

 草原でゆったりと二人で羽を打ち合う、バドミントンの「原風景」のようなそんな感覚。すなわち「相手に返すこと」を大切に、お互いに駆け引きを楽しむ感覚を忘れてはならない。まるで他人ごとのように「『勝手』にミスをした」と言うビギナーさん、それは相手がいたからですよ。緊張し、少し怖かったのかな?バドミントンにはボクシングのような「一撃必殺のパンチ」によるノックアウトはありません。恐れずに相手コートのど真ん中に打ち返してください。そして次は相手選手と羽を打ち合うやりとり(コミュニケーション)を楽しんでください。

2019年夏 地区大会の入賞者 初めて手にする賞状は宝物

 

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