最後の水やり

 ここは「川間」という名の土地だから、もちろんに挟まれている。そして季節の変わり目にはあちらが全く見えないくらい濃い霧につつまれる。初めて遭遇した時は事件のように騒いだものだが、今では慣れてしまった。しかしまさに今、我々の周り、もちろん川間や野田という話ではなく、全国、いや全世界が見えないウイルスの霧につつまれている。不安は日に日に増していく。そのあおりで全国大会が中止になり、楽しみにしていた選手たちは、突然水を抜かれたように心から潤いが消えそうになった。「人には避けられない悲しみや辛さがあるんだよ」という話をしてやった。その後、少しずつ自分の力で、加えて保護者や周囲の方々の力添えで、みなまっすぐ、そしてもっと遠くの夢を見始めた。

 本日は簡素だが厳かな卒業式が行われた。第32期生は新記録樹立のモンスターガールズがいたし、進路開拓でもふたりの男子が、難しと言われている看護系の学校に進むなどさぞかし盛り上がるかと思っていたものだから、いささかさみしい感じはした。それでもマスク姿の卒業生のわずかに見える目にはいつものような涙があふれていた。

 いつもこのシーズンに伝える話。

 【ある作家さんの娘が留学をすることになり、空港まで夫婦で見送りに行く。ロビーで別れ、階下に降りていく娘を上で見送ると「あなた、バカねぇ、何で下まで行かないの?あの娘、最後にまた振り向くわよ。そこにあなたがいなきゃダメじゃない!」と奥さんに言われ、お父さんは慌てて下まで降りた。曲がってゲートに向かう娘を見つめる。最後の瞬間振り向く娘に微笑んであげようと。しかし娘は一度も振り向かなかった。】

 若者はそうなんだ。もう振り向かないんだ。前しか見ない、見えないんだ。それでいい。

 私がいつも居る進路指導室にはいくつかの観葉植物がある。その一つが大きくなったので、冬のある日、今日卒業していったひとりの選手がわざわざ花屋さんにまで行って株の分け方を習い、4つに分けてくれた。昔から「水やり」はバドミントン部女子選手の仕事になっている。休校で登校ができないので水やりが心配だ、と現役の選手が私に言っていた。そうだなぁ、と漠然と思っていたが、先ほど卒業生が二人が最後の水やりに来てくれた。「*2ダブの仕事納め」だった。「年寄りはなぜ涙もろいのか?」というのがチコちゃんのお題になっていたが、その「最後の・・・」をチラッと見ただけで涙があふれてきた。ここに落とし穴があったとは・・・。

 あと数日で東日本大震災が起こった3月11日を迎える。当時、我々は自分たちの無力さを強く感じた。そしてもうひとつ(これは今も感じている)、何気ない毎日のあれこれが実に大切で愛おしいということも感じた。何不自由なく羽が打てる幸せ、スポーツで汗をかきながら仲間と力を合わせたり、競い合ったりするよろこびを身に染みながら感じている。

 自分ではどうしようもない悲しみや苦しみ、思いもよらない挫折で乾いた心にも水をあげよう。

*2ダブ:団体戦での「第2ダブルス」のこと

 

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