菜種梅雨

 

 土手に菜の花が咲き誇ってきたと思っていたらアッという間に桜が咲き始めた。

 しかし残念ながら、思わぬ手術、入院で、その桜の一番いい時期を拝めぬまま退院の日を迎えた。日差しこそ春うららで開放感が一気に身に染みてくる。その背景で、ほんのわずかなゆるい風に、桜の花びらがヒラヒラと舞っていた。

 新年度、数日遅れの職場復帰であったが、何ヶ月もご無沙汰していたような「浦島太郎」現象を味わった。しかし、体育館の空気は変わらず、むしろ全国選抜を経て、熱が高まっていた。大会成績、それ自体は今の選手状況を考えれば上出来だと思っていたが、若い選手たちは全く満足していない様子だった。観ればトップ選手ばかりでなく、男女ともに、3年生、2年生、そしてこの際乗り込んできたニューフェイスたちまでが燃え上がっている。じっとおとなしく養生しようか、などと悠長に構えていたが、いきなり「尻on fire!(ケツに火がついた)」状態になり、朝も早よから人間ノックマシン化している。

 先日、昨年の春卒業してトップチームに入団し、必死に毎日を送っているOGが久しぶりに体育館に姿を現した。大切な休日だろうが、こちらが入院したなどと聞いたものだから、親子揃って陣中見舞いに来てくれた。まだハタチ前だが、やはり社会人生活を送っているせいか、凛とした姿にグッときた。少しおしゃれした姿でニコニコしていた彼女は、シュッとした姿勢で立っている。自分の前で、小さなハンドバッグを両手でキュッと握る、その手に彼女の心意気を感じた。さらに火がついた。

 火がつくと言えば、3年生たちは「いよいよ」という枕詞がつくシーズンを迎え、漏れなく全員がOn Fire状態である、今日も本来ならば休みの日であったが、全員が練習をしたいと言うので、水曜カオス少年少女たちに紛れて、練習につき合った。そしてひとりひとりに「激ノック」をプレゼントしてあげた。

 「ああ、成長してきたなぁ・・・」「この子って、こんなに上手になったんだ。おそらく相当努力したんだろうな・・・」と感慨深げに羽を打ち返すと、その羽から彼女らの「心意気」が強く伝わってくる。そして私がそれに釣られてラケットを握り返す・・・。

 菜の花はまだ土手を覆っている。ここ数日続いているにわか雨を「菜種梅雨(なたねづゆ)」と言う。これが落ち着くと大会シーズンの幕が上がる。そして黄金週間を境にグッと気温が上がり、真夏へのリハーサルが始まる。彼ら彼女らの舞台にもスポットライトが照らされる。その緊張感でこちらの胸もときめいてくる。