学校は玉手箱

あなたの夢は何ですか?
一見、健康的で前向きなこのフレーズには【毒】がある。

特に高校生、時には中学生にまで当たり前のように振りかけられるこのフレーズは【小さなささやき】から【強烈で邪悪な呪文】に変わっていった。もちろん私が若かった頃だってそんなことを言っている大人もいたし、書かれた活字もあったし、実際に自分も接した。しかし「なに、気取ったこと言っているんだ?」と(今の言葉なら)スルーthroughし、あえて避けて通った。

あれ?と思って気づいたのは50歳を過ぎて生徒の進路指導の仕事に深く関わるようになったときだ。15、6歳の人生で一番輝いている若者に、【将来の仕事から大学や学部、学科を決めよう!】という言葉で、彼ら、彼女らの「今」に冷や水をかけて、萎縮させている。確かにその体で進路、とりわけ大学進学を決めるのは真っ当のように聞こえる。しかし、15、6の若者にそれを決めさせるのはコクだ。当然、スポンサー(言い方は甚だ悪いが・・・)である親が割り込み、時にはマウントしてレーザービームの指示を子に投射してその子の意思が決定する、決定される。
わかる、痛いほど(痛さを知っているから)わかる。今の保護者の世代は概ね「進路開拓困難期」の方々だ。同世代200万人、その中で進学、就職、昇級すべてにおいて厳しい【競争】の中で生きてきた。だから今の、同世代100万人、それに加えて大学の門が開き放題の現状をなんとか理解はできる。が、納得はできないのだろう。受験の事実問題(競争率)を憂慮するのが親の心配なのであろうが、【あんな苦労はさせたくない】的親心も垣間見ることができる。

その保護者青春時代以降、日本は30年以上不況が続いている。経済の主体は個人個人の暮らしから企業の業績にフォーカスされている。その企業は社員教育にかける経費を極力削減し、いわゆる【即戦力社員】を獲得したい。そのため大学は無論高校や中学時代から現場で使える様々な技量を獲得させようとする。例えば海外に拠点を置く企業にあっては【英会話】がマストアイテム(これは英語ではありません。英語ではmust-haveとかessential です)として学校の英語教育は大きく舵が切られ、極端には【崩壊状態】にまで落ち込んでいる。
加えて「総合学習」や「探究学習」といったあたかも学問の王道面(づら)こいて週に数時間貴重な授業を生徒から奪い取っている。中身は異常と言えるほど空虚で痛々しいほどタイパ(これもなんちゃって英語)が悪い。高校生が憧れるだろうと思われる人物を紹介してうっすらとメンタルモデル化している。つまり生き方指導(誘導?)である。
これらの話は一見、間違いや無駄のないスムーズで親子共々納得済みの進路開拓にみえるのだろう。

さて、自分の生き方や人生の歩みはそんなに計算尽くの予定調和がとれるものなのだろうか?私はそうは思わない。人生のあらゆる場面で偶然に出会う様々な課題や障害を乗り越えながら進むので思うようになんてとてもじゃないがいかない。私などは3日後のこともわからないのに将来なんてとんでもない!と今なら思える。そう、「今なら思える」というのが人生である。だから子どもに【おまえは勉強はダメだからバドミントンくらいは頑張れよ!】とか【頼むからバドミントン頑張って、推薦で○○(という大学)に入って!】なんて言わないでほしい。学校も学校だ。1日6時間も勉強してこんな成績か!?と言いたいほど教育の質や技量が落ちている。世に惑わされることなく、学問の入り口までの基本プレーくらいは身につけさせてほしい。そして先生は生徒に希望の種を植え付けてほしい。

昨年末に亡くなった父が酔うたびに私たちに言っていた。「学校のせんせっていいよなぁ、だってその子が総理大臣やノーベル賞もらうかもしれないんだから・・・」これは「せんせ」には力はないんだけど、子供の人生にはあらゆる可能性があるということ。それに加えて「せんせ」なんて呼ばれてのぼせ上がるなよ!という強い戒めと受け止めている。「学校」は「玉手箱」である。

具体的な話で恐縮だが、いくらインターハイに行くくらい必死にバドミントンの練習に猛進しても「3教科」なら必ずそろう、間に合う。そしてバドミントンだけでなく、就職だって進学だっていいから、青春の登竜門をその時代の夕日を背に挑む体験をしてほしいと思う。【でも、それでダメだったらどうするんですか?】という心配は、それもその時代の一つのエピソードにしか過ぎないと「後になって」わかるはずだ。人間はひ弱な肉体だが、生き様はたくましい。

あなたの夢は何ですか?と聞かれたら、「昨晩は見ませんでしたが、このあいだ、~に追われる(あるいは落ちる)夢を見ました!」と自信を持って答えてほしい。そして本当の「夢」は自分の心の奥底に密かにそして頑なに置き、芽が出るまではじっと守り通してほしい。

玉手箱がびっくり箱へ!