アユミとリナ 祝卒業

昨日から黙って雨が降っている。こうして大地にも人びとにも潤いと春の兆しが届けられる。

週末、卒業式が行われた。

入学も進路もバラバラでそれぞれ個性あふれる選手ばかりであった。いろいろと楽しませてもらった。

その中には以前紹介したアユミとリナの両選手もいた。

二人ともさすがにインターハイで活躍、とはいかなかったが、自分たちの持ち味をフルに発揮して3年間を駆け抜けた。最後の県大会でのコートに咲いた笑顔は忘れられない。

実は二人とも入学以前から知っていた。私と一番気が合う、大学も同窓である同僚がご近所で「ご家族がとても素敵な方々ですよ」とアユミ選手をご紹介いただいた。ニッコリ笑顔が似合い、均整のとれた体つきに将来性を感じ取ることもできた。他方リナ選手は呉さんや秋山先生からも「いい子だよ」とのお話も聞いていた。第一印象は「そばかすペコちゃん」だった。

ふたりとも休まずたゆまず、文字通り一日一日歩んできた。同時にふたりとも長い長い故障期間を経験し、辛く焦る気持ちを押し殺して秋、冬のリハビリと「やり直し」の日々も送ってきた。

最後の地区大会には間に合ってほしい、何とか二人の力を合わせてコートで大きな笑顔を咲かせてほしい、そう願っていたのはわたしだけではなく、当時二人を知っているチームメイトや周囲の方々みんなの思いだった。

春、どうにかこうにか二人は間に合った。だが他のペアとの差は大きく開き、基礎技術もままならず、二人のコンビネーションにもひびが入っていった。そんな時に事件が起きた。

「私だって、がんばってやっているよ!!」

モクレン(木曜日の練習)の終盤、ゲームも終わり静かになったフロアに、聞いたことの無いくらいの大きい声、それも怒鳴り声が聞こえた。みな、一瞬止まる、そしてそれが先ほど思うようにゲームができず敗れ果てたアユミとリナのコートからだと知るとさらに固まった。笑顔がとても似合うあの二人が信じられないくらいの声で言い争っている。だれも止めなかった。知っているからだ。二人の辛さや苦しさを。どちらが正しいとかどちらが間違っている、という種の話ではない。だから互いに納得いくまで話し合えばいい。私も含めて「言いたいだけ言えばいい」っと思ったに違いない。二人は泣きながら互いに自分の気持ちをぶつけるように言い合った。次第に自分のわがままだと気づく。それはわかっているのに止められないを自分にさらに腹を立てながら。

リナには3つの苗字がある。それだけで彼女がどれほど辛く苦しい思春期を送ったかは十二分に伝わるだろう。「なんで私だけが・・・」そう思ったことは何度もあったにちがいない。それでも彼女はへこたれなかった。それはお母さん、そしてなにより周囲の皆さんからのあたたかな励ましがあったからだ。辛い真っ暗闇の中でも、彼女にはたったひとつだけ全てを忘れて夢中になれたものがあった。それがバドミントンだった。そのバドミントンの「夢」につながる細く複雑な糸を手繰り寄せたときに西武台にたどりついたのだ。

高校2年生の秋、本校では自分が進みたいと思っている第1希望の大学に実際に行く「リハーサルツアー」という企画を行う。進路指導部の事業なので私も引率し都内の有名大学に生徒を引率している。リナ選手はわたしのグループにいた。歴史と伝統のある大学で、しかもそこで実際に学んでいる学生の話を直接聞く。残念だが当時は到底合格できる力があるとは思えない彼女だったが、一番前でニコニコしながら大きくうなずいて聞いていた。その笑顔に秋の緩やかな日差しがあたっていたのを覚えている。

今も昔も進路開拓は簡単なことではない。それは妥協を重ねれば何とかなるが、「これ」と決めた高い志を貫くことはいつでも、そしてどの道でも険しい。

二人はその道を選んだ。アユミ選手は公務員に。もちろんバドミントンを続けたいと思っている。そしてリナ選手は昨秋から冬にかけてラストスパートで急成長し学力を上げいくつかの大学には合格できた。しかし希望の光が頬を照らした「あの大学」に行くために彼女は浪人の道を選んだ。「私は何をやっても遅いんです・・・。」リナは時々口にしていたな。

時間はかかるだろうが、二人の夢はきっと叶うと思う。それは二人とも誰からも好かれるからだ。だけどもそれらが叶ったとき、そのころにはもっと大きな夢を彼女らはつかんでいるにちがいない。

だから挑戦は終わらないかもしれない。

Slow and steady wins the race. ゆっくり確実に

今年の『春が来た』は3月16日(土)午後2時から行います。

 

次はあなたかな?!