奇跡のレッスン

 夜明け前の東の空。UFOかと思うような「明けの明星(金星)」が強く輝いてしっかりと「空の番人」をつとめている。「そうだ、こないだ行ったスカイツリーはどこだ?」と目を凝らし遠くに瞬く高圧鉄塔の赤い光軍団を探してみたが見当たらない。「見えないか・・・」と思いながら地平沿いを右に向くと、結構近くにみえるスカイツリーがあった。しかもてっぺんと胴体があれこれと光の色を変えながらドーンと立っていた。威厳がある。

 師走に入った。年内残る大会は神奈川県の藤沢市で行われる「関東高校選抜大会」だけだ。周知のとおり今年度から学校対抗戦がない。各都県の1位は自動的に3月の滋賀県全国選抜に出場するシステムに変更されたのだ。また、それに伴って個人戦は2枠から4枠に広がった。個人での全国選抜出場が少しだけ厳しくなった。なぜこのように変更したのかは定かではない、これが一番大事なのに・・・。

 

 さて、「奇跡のレッスン」という番組が、NHKBSで放映されている。毎回、トップアスリートやその道の達人が街場の選手や普通の子どもたちに継続的なレッスンが行い、その変化をドキュメンタリータッチで仕上げている。先日は体操競技。鹿児島県の男子高校チームに、オリンピック金メダリストの内村航平選手がレッスンをつけていた。

 その高校は地方の街にある商業高校で、一見すると街工場(まるで映画「寅さん」の隣の印刷工場・・・)のような、お世辞にも立派とは言えないような合宿所兼練習場で、監督さんが精魂込めて選手たちを育てていた。そこにある日、まるで「タコ社長」が入ってくるような入り口から、内村選手が現れる!男子高校生たちは失神しそうなくらい感動していた。しかし本当の感動はその日から始まる。

 内村選手はよく観ていた。その観察眼は独特だった。客観的であり(あるいはそうありたいと思っているのか)、一方で頂点を極めた競技者としての「金の物差し」があるのでそれを選手にあてて厳しくも常に冷静で、その実あたたかみを感じる視線も兼ね備えていた。

 また動きや体操競技のノウハウを「言語化」するのが上手だった。競技者は常にモヤモヤしている。そのモヤモヤを吹き払う「ことば」を命中させる。できなかったことができるようになる「魔法のことば」、そして自身を一段高見に引き上げてくれるひとこと。素晴らしかった。

 そして最後は、内村選手ならではの天下の宝刀「やってみせる」技術が備わっていた。「僕だったらこうだね」とその場でやってみせる。見せられた選手は「いやいやボクには無理ですよ・・・」などとは思わない。「オレにだってできる!」という気にさせてくれる。

 レッスンは今夏の北海道インターハイまで続いた。「ああ、あの札幌に来てたんだ・・・」などとボソボソ言いながら最後まで満喫させてもらった。ことばを投げかけられ変わっていく選手たちの表情と、それによってご自身も変わっていく内村さんの瞳の輝きが印象的だった。本当に「奇跡」のレッスンだった。

 

 元ラグビー日本代表で現在大学で教鞭を執っている、平尾剛さんは、自身の著書「スポーツ3.0」で、これからのスポーツのありようを「スポーツ3.0」と呼び、新しい時代を切り開く金言を与えてくださった。「楽しめるはずのスポーツで不必要な苦悩を抱える子供をひとりでも減らしたい」そして「足下のゴミを拾うように、また、『蟻(あり)の一穴(いっけつ)』塞ぐように、ひとりひとりの地道な働きかけが積み重なって、スポーツはその健全さを回復する」と締めくくっている。コロナ禍を経て、私自身もスポーツの見方、携わり方、そもそもスポーツそれ自体の意味を大きく軌道修正させた。

 他方現場はまだまだ昭和の匂いが消しきれないまま今に至っている。かつてのトップアスリートは「こんなに苦労をして、多くを犠牲にして」、はたまた「そんなことまでやって(しまって)・・・」というモデルが受け継がれいるようだ。「こんなにも楽しく、豊かで、そして幸せを感じるスポーツ」を作る努力が指導者に欠けているのではないだろうか。毎度毎度恐縮だが、私も何度も言われ、感じてきた「そんなことしてちゃ勝てないよ!」というフレーズは逆に私自身を変えていく栄養ドリンクになっている。ワールドウイング代表の小山先生は「そこに選手を、子どもたちを置き去りにしてはいけません」とおっしゃっていた。

 時代と共に、全てが変わっていく。変わらねばなければ生き抜いていけそうにないことがある。変わるものと変わらぬものとの関係は、二項対立の間の抜けたディベート遊びではなく、誰もが持ち合わせている「生きるモヤモヤ」と重なるまだらな模様で、答えはいくつもあり、だれもそれがわからないのが現実のようだ。私としてはまずは「変わらぬもの」を大切にしたい。つまり生き方や哲学をスポーツを通して学ぶ、そんな姿勢をバックボーンにすることだと思う。その上でとにかく変化について行こうと思う。都会のモダンでゴージャスな練習場ではなくても、そこから若き火の鳥たちが巣立つように・・・。

 もちろん一足跳びにドーンといくわけがない。『蟻の一穴を塞ぐ』根気強さで続けたい。その上にトップアスリートのプロスポーツがあってほしいと願う。

やだよトラちゃん、ちょっと目を離しているうちに、痩せこけたお月さんが出てきちゃったじゃないの!