MAIKO
「ダブルタイフーン」なんて大昔の仮面ライダーみたいな襲撃を受けた週末明けに、旧国体、現国スポの選手選考会が行われた。
谷間にできた体育館のせいだろうか、湿った床でスッテンコロリンの選手が多く、スパイクを履いたほうがいいのでは・・・と思うシーンを目にした。少年女子の準決勝は2コート並んで行われた。そこには西武台の選手が3人、それも全員3年3組だった。学校が近かったので担任の先生が応援に駆けつけてくれた。先生とその3人はまるで見えないリングでつながっているようだった。
頂点に立ったのはインハイ予選と同様マイコ選手だった。キッチリとした2拍子で相手と渡り合い、時折、微妙なだましの配球やショットを織り混ぜ、丁寧にラリーを繰り返し、テキスト通りのバドミントンをやってくれた。見た目は中学生(時には小学生)くらいの小柄で細身の選手だが「芯」は強い。頭もよく最後の一本を上手にとれる選手だと思う。
「妹の子」と書いてマイコ。5人兄姉の末っ子で、大家族の渦の中でたくましくそして大切に育てられてきた。特にお母さんは気負わずフツーに、そしてユーモアたっぷりに寄り添っていた。バドミントンも母親譲りだろうか「THE SAITAMA埼玉」と言わんばかりのネチっこさを持っている。
そのマイコ選手にも挫折があった。以前にも書いたが、昨夏の山口インハイの開会式直後、乗車する際に大コケして足をザックリ切ってしまった。血があふれ出し、表情が蒼白になっている。どんなにきつい練習でも、大きな困難に出くわした時でも決して泣かない選手だったが、この時は泣いた。救急車騒ぎで即手術、当然翌日の試合には出られず、大事をとって母親と大会途中で帰還した。考えれば考えるたびに明るい未来は見えなかっただろう。「お先真っ暗」とはこんな時のことだろうか。しかし、彼女はその時人生で一番大切な「思春期の挫折、忘れられない絶望」を経験したのだ。
暑さもおさまり秋の気配を感じる頃、痛々しい足の傷が癒えていくように、わずかにその絶望から少しづつ這い上がり始める。すると鋭く差し込む「銀の光線」がチラッと見えてきた。そして以前のように秋冬と練習に打ち込んでいった。それでも暗く凍てつく真冬の朝、必死に力を振り絞るマイコ選手の横顔に「不安」や「苦しみ」を垣間見た。ああ、こんなに気持ちが強いマイコでもつらいんだなぁ、と後ろから見る彼女の背中があまりにも小さく、切なくなってしまった。
不安を振り切るように必死の思いでコートに立った。香川県高松市の全国選抜大会で粘り勝ちした頃から「本当のバドミントン競技の【芽】」が出てきた。そして彼女の心に差し込んだ光が小さな炎に変わっていく。その後は「小生意気な中学生」のような無邪気さがあふれ出し、バドミントンの技術、戦い方が明らかに変わっていき、こちらも全幅の信頼を寄せるようになった。
大会ごとに選手には、「今日も1位以外は必ずみんな1回負けるよ。どこで負けても負けは負け、その負けからどんなことを『学ぶ』のかが大切だな!」と話している。残念ながら「この負けは相手が強すぎたから、だから私の負けは当然。だって○○ちゃんだって、5点と7点で負けてるから。私のこの負けは『相手が悪かったの』」と「酸っぱいブドウ」のような慰めを自分に施してしまう選手もたまに見受ける。負けに「居着いている」のだ。が、しかし私はこの「負け」こそ「挫折」であり「絶望」でもあると思っている。そう捉え、そこから冷静な洞察と、時間をかけた『よく考えられた練習』を繰り返し、再びよみがえる自分こそが明日の、そして未来の自分を支えると確信している。もちろんそんな単線系な話ではないのは重々承知で言っているのだ。それでも全体的にはそうなっているし、だから人生はおもしろい。
マイコは教師を目指している。勉強も嫌いじゃなさそうだし、考え方の応用も利く。いいセンセイになると思う。ただ、子どもになめられなければいいが・・・。
来週は期末考査だ。3年生は定期考査などに時間をとられていてはダメだよ!目標を遠い、遠い、ずーっと遠い、強く鋭く光る一点に集中させよう。
そうしているうちに梅雨が明ける。そして和歌山に旗をひらめかして向かうんだ。
We can still! まだいけるよ!あたしたち。

おかあさんとMAIKO お疲れ様でした!明日は寝坊かな?
