あ・ら・し

真夏ではあるが、正しい入道雲やセミの全力「声出し」に出くわさない。

今夏のインターハイは例年より早く、すでに和歌山から戻って「脱皮」のごとく反省練習を繰り返しながら新チームに替わっている。そういえば真夏のギラギラ青空、そしてセミの「ミーン、ミーン」なんて都会的ひ弱な声ではない、全力「ビービー!」声出しは和歌山の海からの風にふかれながら味わったではないか。

インターハイはレベルが高い。子どもの頃から有名で、国際大会で活躍している選手もいるし、何しろ朝一番の取り組みから「県大会の決勝レベル」以上で始まる。

学校対抗(この言葉も無くなるかな?)の初戦は岐阜の名門校、どちらも一歩たりとも引かない綱引き状態だった。

今夏のチームは念願の「3年生全員出場&活躍おめでとうセール」ができた。3年生は5人、小柄で少しひ弱そうな彼女らの表情は明るく人を引きつける。そう、声をかけたくなる高校生だ。中学時代のキャリアはさほどではないが、チームワークで試行錯誤しながら数々のハードルや壁を越えてきた。その姿は運動会の借り物競走のようでユーモラスでもあった。

中でも一番の力持ちがアヤカ選手だ。苦しい場面から「そこからスマッシュが、その体勢から一番後方に打てるの?」という「バケモノ返し」ができる唯一の選手で、単複ともにその力でチームの勝利に貢献してきた。遠い通学や忙しい毎日で、教室では「眠り姫」になっていたが学年が上がるにつけ文字通り前向きになり、後輩の面倒もよくみるようになった。

インハイ初戦、そして2回戦のダブルスでは力を遺憾なく発揮し遅ればせながら「おとなのダブルス」を披露してくれた。その後続く責任重大的最終シングルスで見事圧勝しチームを逆転勝利に導いた。

進路開拓に向けた試験が早いのでインハイ後いち早くラケットからペンに握り替えた。まだまだバドミントンの技術は向上する、存分に楽しんでほしい。

さて、学校対抗初戦はエースダブルス、エースシングルスともに落とし、綱引きの中央目印がギリギリと岐阜側に動き「西武台これまでか!」という苦しい戦いである。起死回生の矢を放ったのは「アーちゃん」だった。3年生5人の最後にレギュラーの座に食らいついた彼女だったのだ。

他の4人が小学生からバドミントンにのめり込んでいたが、ア-ちゃんだけは、のめりも、込みもしなかった。ご存じNPOのアルファクラブ(バドミントン版『こども食堂』)に来て遊んではいた。姉の影響だろうか中学で本格的に始めたいと西武台に入ってきた、入ってはみたものの全くパッとしないまま卒業し高校に入ってきた。

彼女だけではないが入学直後はだれでも期待し夢を描く。ア-ちゃんも同じだった。その頃「どう?バドミントンおもしろい?」と尋ねたときの彼女の満面の笑みに「根拠のない自信」を垣間見た。そして順調に成長していく。

しかし、どこかでバドミントンの神様が彼女に「試練」という杖を振った。最初は肩が、背中が、そして息もできないくらいの痛みを24時間休まず与えてきた。いろいろな病院や治療院に行ったがわからない。昨年末の鳥取トレーニングキャンプでは全員のきらめくような成長をただただノートにメモをとりながら、そしてそこに涙をこぼしながら見守っていた。肋骨の骨折だった。頑張りすぎたんだ。

この「アバラバラバラ事件」」の真相がわかり、春風が彼女を包み込むと痛みも癒え、再びコートに立ち、力の抜けた第2アーちゃんが現れる。「このチビめ!」とどんなに攻撃しても彼女は飄々(ヒョウヒョウ)と躱(カワ)し持久戦に持ち込む、そして相手はマットに沈み、ア-ちゃんはニヤッと微笑む。相手にしてみれば実にイヤなタイプの選手に変貌した。

インハイでも同様、一気果敢に攻め入ってくる相手に「ワー、そんなのムリ!」的な弱みを見せながらこちらを見てニヤッとしていた。ファイナルゲームでは「もう、どうしたらいいの!?」という相手を最後の最後まで近づけて最終的に投げ飛ばした。お見事!

アーちゃんファミリーはみんな似ている、お父さんもお母さんもお姉さんも、おそらくおにーちゃんもだろう、同じような素振り、話し方をする。いいチームだ。彼女はその大手柄を勝ち取った後、さすがにその余韻に浸ったが、大切なことを思い出す。いろいろな病院をまわってどんなことがあっても決して見放すことのなかった、あの「芸人」のようなお母さんのこと、遠くからだけどいつも気をもみながら愛を注ぎ続けたお父さんのことを彼女は思い出す。そして大切な「若き日の深い傷」の跡を大切な誇りにすることだろう。ツーかいいことだらけのようだが、受験という次の神様の杖が振られていることに気づいているのかな。

こうして5人はまた次の関門に向かっている。インハイではあんなに苦しんだ彼女らだが、関東大会では3位だったんだよなぁ、と思うときがある。なんで勝てたのだろう?わかった!あの日、朝、会場に「嵐」の曲が流れたからだ!

そして彼女らは先生の結婚式でも5人そろって「嵐」を熱唱したのだった。

だったのだ。

ツーわけで、お疲れ様でした。ありがとう!