Disce gaudere 楽しむことを学べ
夏休み最終日はドンヨリとした曇り空。スマホの天気予報、それも「ピンポイントリアルタイム情報」(本当の呼び名ではない)をみると、「しばらく雨は降りません」と出ている。恐る恐る洗濯物を干すと、見透かしたように「裏切りの小雨」を顔に感じた。
超ベテランのシンガーソングライターとの思わぬ出会いで、梅雨の幕が下り、真夏に突入した。自分はまだまだだなぁ、と思い知らされ、逆に「I can still.」――まだいける!とも思えた。その後、いろいろな所をめぐり、バドミントンを楽しみ、語り合い、笑いながら、そして時にはみんなで心から祝福し、変な言い方だが、毎日規則正しくダラダラと、しかし学びの多い時を過ごした。
その中でも、最もアクティブだったと感じたのが、恒例の信州合宿だったような気がする。この合宿は1987年に始まり、場所はずっと同じ、長野県上田市の別所温泉(斉藤旅館)である。もう40年近くになるので、こちらも女将さんたちも同じように歳を重ねているが、元湯の温泉は変わらず気持ちがいい。
以前にも書いたが、この信州合宿は「チームづくり」を目標にしている。新米キャプテンはおぼつかないタクトを振り、新しい世代の選手たちは寝食を共にしながらついていく。もちろん練習はいつも以上の量を行うが、技術練習はいったんすべてリセットされ、超基本に向き合う。
歩き方からフットワークまでの「動きづくり」、今年などは素振りからやり直すほどの「ストロークづくり」、そして互いにやり取りをしながら長く羽を打ち合う「ラリーづくり」。この豪華3本立てのメニューは変わらない。それを地元高校生や他の参加者とともに確認し合う。さらに、信州の自然と触れ合いながら、日常から離れた時間を過ごす。これらも40年間変わらない。
合宿の中日に、信州の鎌倉、別所温泉の守護神である「夫神岳」を登る。標高1200mを超える山で、温泉街側から見上げると、三角形の歌舞伎役者がやや斜めに見下ろし、見得を切っているようで格好がいい。コースはさほど厳しくなく、ダラダラとつづら折りを登っていく。
今回はアクシデントが一つあった。林業組合の方が樹齢数十年の木を伐採した直後に、その現場に出くわしたのである。倒れたばかりの木が道を塞いでいた。幸い、一列に並び、その太い木の下をくぐり抜けて通過することができた。こんなことだって、大切な「経験」だなぁと感じた。
「あれ、さっきと同じような眺め、このカーブも……」と飽きてくるころ、八合目に着く。見下ろすと、山々に囲まれた塩田平が青々と広がり、いくつものため池がキラキラと光っている。一方、近年はソーラーパネルも負けずに光っている。
胸突き八丁。ラストスパートのように頂上へと登り進める。山頂に着くと、しばし休息をとり、逆サイドの青木村方面に一気に降りていく。毎年のことだが、この下山が大変である。急斜面を見下ろすと、結構スリル満点だ。
ただ坂を下るのではない。不規則な段々を繰り返しているうちに、次から次へと「問題」を出され、それに応え続けていることに気づく。「さて、この段差から次の段差へは1歩で行く? それとも2歩?」「ここは滑るよ! どうする? 気をつけな!」「まずその木につかまるんだ。そこからどっちにいく?」――そんな問題を瞬時にすべてクリアしながら下る。
尻餅をついたり、膝が笑い始めたり、キャーキャー大騒ぎしながら下っていた。この騒ぎでは、クマも近づけないだろう。
しばらくすると、無事に集落にたどり着いた。フーッと息を吐きながら後ろを見上げると、さっきあれほど三角美男子だった山は、ズングリむっくりの、ずっしりとした布袋(ほてい)さんに見える。「あ~、お疲れしたッ!」と低い声で励ましてくれた、ような気がする。
山の中の広々としたキャンプ場は完全貸し切り。調理場では焼肉、夏野菜カレーの匂いが漂い、芝生の真ん中にある立派なタープの客席では、保護者やOBなどが楽しんでいる。いくら大声で騒いでも構わないし、走り回っても大丈夫。もう無礼講! などと言わんばかりに、「悪習の水かけ」が始まった。
すると、さっきまでニコニコして楽しんでいたお母さんやお父さんも、全力で走り回り、男女、親子、学年(年齢)構わず水攻撃をしているではないか。夏の厳しい日差しが木々の間から漏れ、やさしく差し込む。青々とした信州の空を背景に、筋書きのない「ドリフの」劇が繰り広げられていた。
びしょびしょになってもすぐ乾くし、いささか気持ちもいい。だろうと確信しているのか、顔面めがけて水を浴びせかけている。すさまじい光景である。その後、参加選手全員が休戦に入り、スイカ割りなども行い、互いをねぎらいながら、山間の谷間には弾む声が長い間響き渡っていた。
そうか、大人だって遊びたいんだ。大声で騒ぎたいんだ。そして腹から笑いたいんだ。ならば高校生はさらに……。手が届きそうなくらい近くに、しっかりと見える入道雲を拝みながらそう思い、ひとりでいい気分になっていた。
「そもそもスポーツは『遊び』なんだよ」と聞いたことが何度かある。しかし、こと試合や大会などでは、笑いはもちろん、「ふざける」なんてもってのほか。神妙に、そしてまじめにやらなければならない。
子どものうちは、それらのある種の緊張感によって勝てることもある。そんな選手は、スタンプで押したような声を発し、または黙し、笑顔が消えていき、本来のスポーツではなくなってしまう。
では、どうしたらよいのか? という「先回り、答えだけでいいから早く教えて派」の方から尋ねられるが、そんな時は、主要5教科(これも変な呼び方だと思うが……)を除く4教科――つまり、体育、美術、音楽、技術・家庭科――について、体育以外の教科を考えてみるといい、と答える。
例えば音楽。音楽はどうしたら楽しくなるのか? などという質問は、あまりしないと思う。美術についても、「どうしたら楽しく絵が描けるのか?」とは、あまり考えない。その質問、その問題自体が空虚なのであって、答えもなければ、解決策もない。ただ、その当事者が「ある時、ある瞬間」に、「楽しい、おもしろい」と感じることがあるのは事実である。
では、「どうすればその瞬間を獲得できるのか?」と、さらに問いを重ねてきたら、「ちゃっとじーぴーてーに聞きな!」と答えるのがいいのではないだろうか。
答えのない4教科を教えて、それを評価する先生方の苦労が分かるような気がする。

ちょっとぉ、じぴーてーに聞いてみな!?

ここまでは来るんだよね、ここから面倒なんですよ!

